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【研究成果・共同プレスリリース】アルツハイマー病等の脳内で観察されるタウタンパク質の蓄積を検出する新しい抗体の樹立

2024.07.29

アルツハイマー病等の脳内で観察されるタウタンパク質の蓄積を検出する新しい抗体の樹立

ポイント

  • アルツハイマー病を含むタウオパチー(タウタンパク質の異常蓄積が引き起こす神経変性疾患)と総称される神経変性疾患の患者脳では、タウタンパク質が異常に集まり、大きな塊となって観察され(アルツハイマー病では神経原線維変化)、その前段階には小さな塊があると考えられ、それらを検出することは病態解析や診断のための新しいツールとなりえます。
  • 研究チームは小さな塊の1つである顆粒状タウオリゴマーを免疫原として、新規ラットモノクローナル抗体を複数作製しました。それらの抗体の性状解析を行ったところ、2D6-2C6は小さな塊から大きな塊までの異常タウ凝集体を検出すること、また、アルツハイマー病患者の脳切片で観察される病理学特徴である神経原線維変化やプレタングル等を認識することがわかりました。
  • 本研究における上記の成果は、タウオパチーの理解と診断の基礎的知見として重要な意義を持つと考えられます。

研究の概要

学習院大学理学部生命科学科の添田義行助教、大学院生の小池力さん、高島明彦教授、大阪公立大学大学院工学研究科化学バイオ工学分野の立花太郎教授、滋賀医科大学神経難病研究センター橋渡し研究ユニットの石垣診祐教授らの研究グループは、タウタンパク質の異常凝集体の1つである顆粒状タウオリゴマーを免疫原として、腸骨リンパ節法※2を使用し新しいラットモノクローナル抗体を複数作製しました。これらの抗体のうち、「2D6-2C6」という抗体が非常に強くタウの異常凝集体に結合しました。さらに、2D6-2C6はヒトアルツハイマー病で観察される神経原線維変化やプレタングル等を認識することができました。このように、2D6-2C6抗体は、アルツハイマー病等で観察される異常なタウ凝集体を高感度に検出できるため、早期診断や新しい治療法の開発等の基礎的知見として寄与することが期待されます。

本研究成果は、2024726日午後6(日本時間)Nature Publishing Group(英国)のオンライン科学雑誌『Scientific Reports』に掲載されました。

研究の背景

アルツハイマー病は、高齢者に多く見られる認知症の一種で、記憶障害や認知機能の低下を引き起こします。この病気の特徴の一つが、細胞内でのタウタンパク質の異常蓄積です。タウは本来、微小管結合タンパク質等として働き、細胞の構造を維持する役割を果たしていると考えられています。しかし、アルツハイマー病の患者の脳では、タウが異常に集まり、細胞内で「神経原線維変化(Neurofibrillary tangles)」と呼ばれる構造を形成します。これにより、神経細胞が正常に機能できなくなると考えられています。実際、タウの凝集が認知症の重症度や神経細胞の減少と強く関連していることがわかっています。さらに、タウの異常蓄積は、アルツハイマー病以外の神経変性疾患である、ピック病、慢性外傷性脳症、皮質基底核変性症、進行性核上性麻痺等でも見られます。

最近の研究では、異常なタウタンパク質が細胞外に放出されることで別の細胞のタウを異常凝集させ、脳内でタウ凝集が広がるプリオン様伝播モデルが提唱されています。このことは、細胞外にはタウを凝集させるシードが存在することを示しており、このシードタウをなくすことでタウ凝集を抑制できると考えられ、タウ抗体治療薬の開発が進んでいます。

これまでの多くの研究によると、神経原線維変化が形成される前にタウが小さな塊(タウオリゴマー)を作ることで、問題を引き起こすことが知られています。タウオリゴマーは、神経細胞の外や中に存在し、神経細胞の機能を損なうことが知られています。アルツハイマー病患者の脳からもタウオリゴマーが検出されており、これらが病気の進行を助長していると考えられています。そのため、タウオリゴマーを早期に検出するための新しいツールが求められていますが、現在のところ、そのようなツールは十分に開発されていません。

研究グループは以前、約40個のタウが集まった顆粒状タウオリゴマーという、原子間力顕微(AFM)と呼ばれる装置で検出できるタウオリゴマーを同定しています。アルツハイマー病の初期段階にあるヒトの脳(前頭皮質)でも、これらの顆粒状タウオリゴマーが増えていることが確認されています。このことは、顆粒状タウオリゴマーがアルツハイマー病の早期マーカー(病気の初期兆候を示す目印)として利用できる可能性があることを示唆しています。しかし、様々な実験や臨床への応用が可能な、顆粒状タウオリゴマーを抗原※3とした抗体は報告されていません。そこで私たちは、顆粒状タウオリゴマーを免疫原として、新たな抗体を作製し、その性状解析を行いました。

研究の内容

顆粒状タウオリゴマーを免疫原としたラットモノクローナル抗体のスクリーニング

研究グループはラットに顆粒状タウオリゴマーを注射し、腸骨リンパ節法を用いてラットモノクローナル抗体を作り出しました。この方法により、768種類の抗体を得ることができました。その後、反応性を調べたところ、3つの抗体(2B2, 2D6, 8D6)が特に強く顆粒状タウオリゴマーに反応することがわかりました。そこで、この3つの抗体を産生するハイブリドーマ※4をクローン化※5しました。クローン化したハイブリドーマからは、573種類の抗体が得られたため、再度その反応性を解析しました。その結果、2B2-1B6, 2D6-2C6, 8D6-1F7が顆粒状タウオリゴマーに高い結合性を示すことを観察されました。

抗体のタウ凝集体への結合性評価

タウタンパク質の凝集過程は、1つのタウが異常に集まってオリゴマーおよび顆粒状タウオリゴマーといった段階を経て、非常に大きな線維状構造(フィブリル)へと変化します。タウ凝集体を6つの異なるサイズと密度の分画に分けました (Fr 1Fr 6)。このFr1~Fr6は数字の昇順にサイズと密度が大きくなります。2B2-1B62D6-2C6および8D6-1F7がそれぞれFr1~Fr6どの分画に結合するかを調べました。その結果、2D6-2C6抗体は特にFr3以降の顆粒状タウオリゴマーとタウ線維に強く結合することがわかりました。一方、2B2-1B68D6-1F7は、Fr 2のより小さな顆粒状のタウからFr 6までのタウ線維に結合することがわかりました。

実験動物およびアルツハイマー病における抗体の反応性

次に、タウ凝集が観察されるモデルマウス(rTg4510マウス)を用いて、3つの抗体の反応性を調べました。2D6-2C6抗体は、rTg4510由来の異常なタウ凝集体に対して他の抗体に比べて非常に強く結合しました(図1A)。この反応はタウ凝集に伴うタウコンフォーメション6をとらえるMC1という既存抗体より著しく強いものでした。また、ヒトのアルツハイマー病患者の脳切片においては、2D6-2C6は、アルツハイマー病で観察される神経原線維変化、神経原線維変化前に先行して出現するプレタングル等を認識しました(図1B)。以上より、2D6-2C6は、既存のMC1抗体よりも高い感度で、顆粒状タウオリゴマーを含むタウ凝集体と高い反応を示し、さらにアルツハイマー病の特徴である、プレタングルおよび神経原線維変化を効果的に染色する、新規のタウモノクローナル抗体として同定されました。

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2D6-2C6のエピトープマッピング

エピトープマッピングとは、抗体がタンパク質のどの部分に結合するかを調べることです。この情報は、今後の抗体診断や治療に応用できる可能性があります。ヒトタウの最も長いアイソフォームは441アミノ酸で構成されます。2D6-2C6抗体がタウタンパク質のどの部分に結合するかを調べた結果、この抗体はタウタンパク質のC末端の423-430アミノ酸配列に特異的に結合することがわかりました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果は、タウオパチーの理解と診断の基礎的知見として重要な意義を持つと考えられます。

タウオパチー診断の可能性: 本研究で開発された新しいモノクローナル抗体2D6-2C6は、正常なタウタンパク質と比べタウ凝集体に強く結合します。これは、アルツハイマー病などのタウオパチーの診断の基礎的知見になることが期待されます。

タウオパチー病態機序の解明: 2D6-2C6を用いた研究により、タウの凝集過程や病態機序の詳細な解明が進むことが期待されます。これにより、タウオパチーの発症メカニズムの解明が進み、新たな診断、治療法の開発に繋がる可能性があります。

研究の新たな方向性: 2D6-2C6は、顆粒状タウオリゴマーを免疫原にした初の抗体であり、タウのC末端に特異的に結合することから、タウタンパク質凝集研究に新たな視点を提供します。これにより、既存の研究方法に対する新しいアプローチが見出され、研究の幅が広がることが期待されます。

臨床応用への展望: 本抗体の開発により、タウオパチーの診断が精度高く行えるようになる可能性があります。また、本成果は、タウオパチー治療法の開発のための基礎的知見となる可能性が期待され、病気の進行を抑える新たな治療手段への寄与が期待できるかもしれません。

以上のように、本研究で開発された2D6-2C6抗体は、タウオパチーの理解と診断、さらには治療の開発に寄与できる可能性のある重要な成果であり、社会に多大な影響を与えることが期待できます。

発表者

添田 義行
学習院大学理学部生命科学科    助教

林 江美
株式会社細胞工学研究所    

中谷 奈保子
株式会社細胞工学研究所

石垣 診祐
滋賀医科大学神経難病研究センター 橋渡し研究ユニット    教授

高市 雄太
東京大学大学院農学生命科学研究科

立花 太郎
大阪公立大学大学院工学研究科化学バイオ工学分野 株式会社細胞工学研究所    教授

陸 雄一
愛知医科大学加齢医科学研究所 講師
名古屋大学医学部神経内科 客員研究者

チェンバーズ ジェームズ
東京大学大学院農学生命科学研究科    助教

小池 力
学習院大学⼤学院⾃然科学研究科    博⼠後期課程3年

モハマド モニルザマン
滋賀医科大学神経難病研究センター 橋渡し研究ユニット    特任助教

高島 明彦
学習院大学理学部生命科学科    教授

論文情報

論文名:A Novel Monoclonal Antibody Generated by Immunization with Granular Tau Oligomers Binds to Tau Aggregates at 423-430 Amino Acid Sequence

雑誌名:Scientific Reports

著者名:Yoshiyuki Soeda, Emi Hayashi, Naoko Nakatani, Shinsuke Ishigaki, Yuta Takaichi, Taro Tachibana, Yuichi Riku, James K. Chambers, Riki Koike, Moniruzzaman Mohammad, Akihiko Takashima

DOI10.1038/s41598-024-65949-7

研究助成

本研究は、科学研究費助成事業(Grant Number 20K06896および23K05993)、武田科学振興財団、安倍能成記念教育基金学術研究助成金およびAMEDの課題番号JP15km0908001の支援により実施されました。また、本発表は学習院大学グランドデザイン 2039「国際学術誌論文掲載補助事業」より掲載費の助成を受けています。

用語解説

※1 神経原線維変化

神経原線維変化は、脳の神経細胞内でタウと呼ばれる微小管結合タンパク質が異常に凝集し、蓄積したものです。これは神経変性疾患の1つであるアルツハイマー病の病理学的特徴になっています。タウが異常蓄積する神経変性疾患はアルツハイマー病以外にもあり、それらはタウオパチーで総称されています。

※2 腸骨リンパ節法

腸骨リンパ節法はモノクローナル抗体を得る方法の1つです。従来法と比べ、短期間で高効率に抗体産生できる点が利点です。

※3 抗原

抗原とは、体内において免疫応答を引き起こす物質のことです。

※4 ハイブリドーマ

ハイブリドーマとは、抗体を大量に生産するための細胞です。抗体を生産する細胞とがん細胞の融合によって作られた細胞です。

※5 クローン化

クローン化とは、特定の細胞を培養して同一の細胞集団を作成する技術です。

※6 タウコンフォメーション

タウは天然変性タンパク質という特定の立体構造をとらないタンパク質グループに分類されますが、アルツハイマー病等においてタウ分子は明確な病的構造のコンフォメーションをとるようになります。

プレスリリース原本はこちら(PDF)